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栄光なき天才たち(京都大学の再生医療)

山中教授ノーベル賞受賞おめでとうございます。異例のスピード受賞ということで、いかにすごい研究かがわかりますよね。

私事ではありますが、僕の親族に再生医学を専門とした研究者がいましたので、昔からこの分野のニュースはよく聞かされました。山中教授のことも名前が売れる前から聞いたことがあります。今日、このビッグニュースに接して、いままで聞かされていたいろんな人たちの業績がこのノーベル賞に昇華したような気がして、なんともいえない感動に包まれています。

京都大学の再生医療は山中教授以前から世界的にも最先端を行っていたと聞いています。ということで、今日は僕なりに京都大学の再生医療についてざっと振り返ってみます。

1.始まりは移植医療

再生医療をものすごくざっくりした言葉で説明すると、例えば欠損したり機能を失った生体組織なんかをいかにして再生させるかという技術です。

一番原始的な考えは移植医療です。例えば交通事故死した人の腕を切り取って腕のない別の人に移植する、脳死者から心臓を移植するといったようなことです。失った生体組織を死体から取ってきてくっつけてしまえという考え方。

でも、この考えは2つデメリットがあります。ひとつは免疫学的な問題、もうひとつは倫理的な問題です。免疫学的な問題というのは、いわゆる拒絶反応というやつで、臓器移植で取り付けた臓器もしょせん他人のものです。人体がそれを異物として排除してしまうのです。

もうひとつ、倫理的な問題というのは、死とは何かという考え方の違いに基づくものです。長く心臓死を人の死として考えてきた日本では、そもそも脳死は人の死ではなく、脳死者から臓器をもらうというのは考えられないことでした。

ただでさえそのような土壌がある中で、あの和田心臓移植事件が発生し、日本の臓器移植の研究者は脳死者からの臓器移植という道が完全に閉ざされてしまうというハンデキャップを負ってしまいます。

そこで、90年代には、生体肝移植という分野が京大で発展しました。生体肝移植とは健康な人の肝臓の一部を切り取り、末期の肝不全患者に移植するというものです。肝臓は再生能力が高く、健康な人の場合、肝臓の65パーセントを切除しても、約1年後にはほぼ同等の大きさまで再生します。この技術では、脳死者からの移植という倫理的な問題は回避できるものの、また別の難しい問題が発生することになります。たとえば、そもそも健康体の臓器提供者にメスを入れるということや、患者の親族は臓器提供して当たり前という世間からのプレッシャーをどう処理するかといったことが問題となりました。

また、これと並行して人工臓器の研究も進みます。最初の臓器はナイロンやビニロン、プラスチックなどが使われたそうですが、人体との相性が悪く、激しい拒絶反応を引き起こします。そこで、京都大学では、80年代あたりから、医学部や工学部出身者を集め医用高分子センターという研究所を作りました。このあたりから面白い業績が出てきます(後述)。

一方で、アメリカではES細胞というのが流行りだします。ES細胞というのは、人の受精卵から作る万能細胞のことです。万能細胞といわれるのは、この細胞を培養すれば、耳や目、心臓や肺などを作ることができるからです。この技術のインパクトは強烈なものでした。なんせ細胞一個からあらゆる臓器が作れるんです。病気をするたびにES細胞で新しい臓器を作り交換する。不老不死に近づける技術として注目されます。また、受精卵を使うということで倫理的な問題も注目されたりしました。あの例の韓国の学者が、捏造論文を発表したりして注目を浴びたのもこの分野の研究でした。


2.自然治癒力による再生医療

アメリカでES細胞が花盛りのころ、京大は別の道を突き進みます。冒頭で触れた僕の親族もこの分野の研究者でした。「でした」というのはその親族はもう死んでしまっているからです。まあ、そういう辛気臭いことは抜きにしても、僕は個人的にこの研究が大好きです。考え方がすばらしいと思います。ぜひ皆さんに知ってほしいと思います。

京大では人工臓器の研究が進んでいたと述べました。ナイロンやビニロン、プラスチック、シリコンでも駄目だった人工臓器ですが、ある材料が注目されます。

それは人体に一番多く存在するたんぱく質、コラーゲンです。このコラーゲンをスポンジ状にして、たとえば食道の形に型取りしたものを人工臓器として埋め込みます。すると食道のつなぎ目からスポンジ状のコラーゲンを足場として細胞が増殖し、いつのまにか失われた食道が生えてきたのです。コラーゲンは生体吸収性の素材です。体の中で自然に溶けてなくなるので、最終的には完全に食道が再生されてしまうという仕組みです。このコラーゲンを使った生体吸収性の人工臓器では、気管や食道、末梢神経、骨、軟骨などで目覚しい成果が得られ、世界の注目を浴びました。

臓器移植は免疫的・倫理的に問題があります。ES細胞は免疫的には問題ありませんが倫理的には大きな問題があります。しかし、この京大の研究は免疫的にも倫理的にも問題はありません。だって自分の体が生体吸収剤を足場にして自然に再生するのです。自分の体の中で、まるでトカゲのしっぽが再生するかのようにです。

僕がこの研究をすばらしいと思うところは、自然治癒力を使って(人間の本来の力を使って)臓器を再生させているというところです。僕は勝手にこの研究を「自然治癒力と使った再生医療」と呼んでいます。僕の親族は言っていました。この研究分野は西洋医学のようであって、東洋医学的かもしれないと。たしかにWikipediaを見ると、東洋医学とは、「人間の心身が持っている自然治癒力を高めることで治癒に導くことを特徴とする」とかかれています。そういう意味では、京大の再生医療は西洋医学でありながら東洋医学的であったといえるかもしれません。

ということで、ES細胞のアメリカ、コラーゲンを使って人間の自然治癒力を極限まで高める日本、まさに西洋医学と東洋医学の戦いのような競争が行われてました。2000年代中盤くらいまでは。


3.山中教授登場

そんななか現れたのが山中教授です。山中教授の業績はすでにニュースでさんざん紹介されていますよね。そう、iPS細胞の開発です。

iPS細胞はES細胞と違って受精卵を使いません。普通の細胞を使って万能細胞を作れます。ということで倫理的な問題はクリアされます。はっきりいってノーベル賞受賞という範疇にとどまらず、人類史に残る業績だと思います。

ただ、これでES細胞の研究はもう時代遅れかというとそうではないようです。ES細胞とiPS細胞との比較などまだまだES細胞の研究は必要なんだそうです。また、「自然治癒力と使った再生医療」も無駄になったわけではありません。iPS細胞を本当に使える心臓や神経に分化させるのに、「自然治癒力と使った再生医療」の考え方は必ず生きてくると思われます。

そういうことに思いを馳せると、いままでのいろいろな人のいろいろな研究が、山中教授のノーベル賞に繋がっているんだなあと感じて胸が熱くなります。山中教授は言いました。これは日本という国が受賞したのだと。本当にそう思います。
いや、もっと広い目で見ると、この研究は、京大だけでなく日本中、世界中の栄光なき天才たちが命を削った研究の成果の結晶なのです。僕の死んでしまった親族も天国で喜んでいるでしょう。


お勧め文献(かなり古いけどとてもわかりやすい)
人体再生 (中公文庫)人体再生 (中公文庫)
(2003/01)
立花 隆

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テーマ : 科学・医療・心理 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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